特別支援教育:takapyのwebノート

特別支援学校の教員。TEACCH・応用行動分析・AAC・感覚統合に関心があり。教育学修士、福祉情報技術コーディネーター1級 。

2012-05-20

iPhone(iPod touch)でシャッフル再生を解除する方法

iPhoneで音楽を聴いていて、いつもシャッフル再生になるのが気になっていました。解除しようと思っていろんな設定を見てみても該当の項目は見つからない。 インターネットで検索してみると、解決法、と言うか、設定画面の出し方が見つかりました。同じようなことにお困りの方へ。

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音楽を再生中に、アルバムアート(ジャケット写真)のあたりを1回タップする。画面上部にコントローラーが出るので、その右側の矢印が交差しているようなアイコンをタップして白色にする。この矢印が青色ならシャッフル再生、白色ならシャッフル解除。

これは気づかなかった(^^;)。

2012-04-21

TEACCHとABAとPECSとAAC

最近、PECSが注目されています。PECSとは、絵カード交換式コミュニケーションシステムのことで、絵カードを活用したコミュニケーション支援を行う方法のことです。詳しくはこちらを・・・

でも、絵カードを利用した支援って今までもありましたよね。自閉症の支援プログラムとして有名なTEACCHの中でも行われているし(と言うか、TEACCHと言えば「絵カード」というような誤解まである)、そもそもこのようなコミュニケーション支援はAAC(拡大代替コミュニケーション)と呼ばれているし・・・。最近よく聞く応用行動分析(ABA)の中でも絵カードは使われています。いったい、TEACCHとABAとPECSとAAC、どう違うんでしょう?

まず、TEACCHは、単一の技法ではなく、自閉症の人たちを支援するための地域ぐるみのシステムであるということが大切です。ですから「絵カード」や「構造化」は、そこでの生活支援のアイディアの一つであって、TEACCHとイコールではありません。

次にAACは、障がいのある人たちのコミュニケーション支援を研究・実践していく領域です。自己決定の重要性を認識し、そのための方法や手段をその人に合わせて検討していくこと。行ってみれば、思想的な意味合いが強いかもしれません。もちろんその思想を実現するための技法も盛んに研究されています。ですから、コミュニケーションの手段はいろいろ検討され、「絵カード」や「VOCA」は選択肢の一つです。

ABAは、行動の学習理論をもとに、よりよい行動の習得を支援する技法です。そしてPECSは、そのABAの知見を活用して、絵カードを使ったコミュニケーション支援に特化したアプローチであると言えるでしょう。自閉症の特性を考慮し、子どもたちが絵カードコミュニケーションを修得しやすいように段階的にプログラムが構成されています。コミュニケーション支援の技法ですね。

以上、あえて極端にまとめれば、TEACCHは自閉症の支援システム、AACはコミュニケーション支援の思想・技法、ABAは行動支援の技法、そしてそれらが重なる部分がPECSと言えるのではないかと思います。こんなまとめ方、どうでしょう?

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2012-04-12

『時計イラストMaker』ステップアップ利用術

<スピード操作編>

『時計イラストMaker』はキーボードだけで操作できるようになっています(と言うとかっこいいですが、別に私がそのように設計したわけではなく、作ったら自動的にそうなっていただけなのですが)。

まず、数字の入力欄や「時計を作成」のボタンは「tab」キーで移動できます。そして、「時計を作成」が選択状態であれば、「enter」キーで時計作成を実行できます。

これらのキーボードショートカットを使うと、操作手順は以下のようになります。

   1.『時計イラストMaker』を開く。

   2.「tab」キーを押す。(「時」の入力欄が選択される

   3.「時」を入力する。

   4.「tab」キーを押す。(「分」の入力欄が選択される

   5.「分」を入力する。

   6.「tab」キーを押す。(「時計を作成」のボタンが選択される

   7.「enter」キーをを押す。(時計イラストが作成される

   8.「tab」キーを押す。(「時」の入力欄が選択される)・・・以下、繰り返し

この方法を使うと、マウスを使わなくてもいいので、たくさんのイラストをどんどん効率的に作成することができます。ぜひお試しください。

2012-04-07

修学旅行で考えたこと〜自閉症の子への支援〜

(4年ほど前に書いた記事です。)

3年ぶりに修学旅行に行ってきました。今回は担任としてではなく、応援人員としての引率だったので、けっこうフリーにいろんな生徒と活動することができ、担任引率とはまた違う楽しさが味えました。

学校というルーチンを離れると、生徒の普段は見えにくい苦手さが明確になったりして、今後の課題も見えました。旅行中に体験した自閉症の生徒とのかかわりから、今後の課題についていくつか考えてみます。

1.楽しいことの終わりをいかに伝えるか

電車に乗るのが好きな子がいます。今回の旅行中でも何回も電車に乗るので、それ自体はいいのですが・・・。問題は降りる時。急に降りることを告げられ降ろされたその子は、気持ちの切り替えができず、先生の制止を振り切って何度も電車乗り場まで帰ろうとしていました。

嫌なことに見通しをもたせてがんばってもらうことはよく取り組まれている支援ですが、楽しいことがいつ終わるのかという見通しを同時に必要なんだなと改めて感じました。

駅ごとにシールを貼っていってシールがなくなったら降りるとか、電車に乗ったらすぐにリュックをおろして降りる前になったら再び担ぐことで心構えをもたせるとか・・・(この時は短時間だったのでリュックをかついだままだった)。

2.うれしさの感情のコントロール

またまた電車に乗るのが好きな子。乗っているとだんだん興奮してくるのでしょう、声を上げたり、ロッキングをしたりしてしまいます。特に駅に止まったりすると、速く動いて欲しくてさらにハイテンションに。うれしいことはいいことですが、それをもう少しマイルドにしてあげることも必要かなと感じました。

一つの支援策としては、電車内で淡々と時間を過ごすことができるものを用意してあげること。本とかパズルとか・・・。電車だけに集中して、知らず知らずにテンションが上がってしまうのを防ぐことにならないかな。

3.指差しスキル

遊園地に行った時、その子がある方向には絶対に行こうとしませんでした。連れて行こうとすると、寝転がって抵抗する始末。みんなの目的地がその方向にあったので、逆回りの道を通って行こうとしても、やっぱりある地点から先は嫌がってしまいました。

二つの道から共通して見えるのは大きなジェットコースター。その日は運休中で大きな音は出ていませんでしたし、他のジェットコースターの横を通るのは全然平気だったのですが(その子はイヤーマフもしていた)。きっと大きなコースターは大きな音が出るという過去の経験から嫌がったのかなと思うのですが、あくまで推測に過ぎません。もしかしたら全然違うものかもしれないし。

こんな時、指差しのスキルって大事だなと思いました。その子は指差しがないため、離れたものを指し示すことができないのです。嫌なものを具体的に伝えるは実物に頼るしかないのですが、そもそもそれに近づけないので、伝える方法がないのです(好きなものであれば近づけるので実物で伝えることができる)。

指差しスキルがあれば、近くまで行かなくても嫌いなものが伝えられる。これってとっても重要な指導目標だと感じました。

2012-03-04

叱ることを考える

私たちは、学校での教育でも家庭での子育てでも、しばしば子どもを叱ってしまいます。それが当たり前と言ってもいいかもしれません。私たちも叱られながら、いいこと・悪いことを教えられ育ってきたのですから。

その当たり前のことが、障がいのある子ども達を指導する時には通じないことがあります。「いくら叱ってもなかなかできない」「叱っても何とも思っていないようだ」などの経験をお持ちの方も少なくないでしょう。「何回叱られれば気がすむの!」と、思わず口に出てしまいそうになります。

でも、ちょっと立ち止まって考えてみましょう。はたして、「叱る」→「できる(しなくなる)」という単純な因果関係なのでしょうか。叱られて何かができるようになるためには、いろいろな条件が考えられるのではないでしょうか。思いつくことを挙げてみます。

<叱る時のチェックポイント>

  • 何を注意されているのかがわかっているか。
  • こちらが求めている行動レパートリーをもっているか。
  • その行動をしなければならない(してはいけない)ことを覚えておくことができるか。
  • 叱ること自体が子どもに何らかの得を与えていないか。

このあたりのことは、いわゆる障がいのない子ども達にとっては、そんなに気にすることではないかもしれません。だからこそ、私たちは叱ることを当たり前に感じているのでしょう。

1.何を注意されているのかがわかっているか

まず、大前提として、何を注意されているのかを子どもが理解している必要があります。いくら強く叱っても、「何が悪かったのか」「どうすればよかったのか」が子どもに伝わらなければ、大人はただ単に怒鳴っているのと同じです。これでは、大人のストレス発散にしかなっていません。

私たちは、しばしば「叱る」という行為そのものに満足してしまい、それが子どもに伝わっているのかという部分を忘れてしまうことがあります。

子どもを叱る時には、その注意の内容がきちんと伝わるようにすることが大切です。そのためには、以下の点が重要でしょう。

  • できるかぎりシンプルな言葉かけをする。
      →だらだらと叱らない。
  • 抽象的ではなく、具体的に伝える。
      →「きちんと」や「さっさと」など抽象的な言葉は使わない。
  • 否定ではなく、肯定で伝える。
      →ダメだけではなく、どうすればよいのかを伝える。
  • 感情的にならず、落ち着いて伝える。
      →感情的に怒ると、子どもには「怖い」という印象しか伝わらない。

2.正しい行動のレパートリーをもっているか

注意されている内容がわかっても、それを行うための能力やスキルをもっていなければできません。できないことをしろといわれても、子どもはつらいだけです。

例えば、「靴をそろえなさい!」と言っても、そもそも「そろえる」という行動レパートリーを持っていなければ、いくら叱られてもできるはずはありません。私たちでも、いくら怒られたってバク転なんてできませんもんね。

こちらが期待する行動のレパートリーを子どもが獲得しているのかを見極める必要があります。もし、その行動ができないのだとしたら、叱る前に、その行動ができるように練習させてあげましょう。

3.その行動をしなければならない(してはいけない)ことを覚えておくことができるか

叱られて、その場では「わかった」と言っても、また同じことを繰り返す子どもがいます。「約束を守る気がない」「大人をバカにしている」と思ってしまいがちですが、そうではないかもしれません。

決まりを守るためには、その決まりが理解できることと同時に、その決まりを覚えておけることが必要です。が、時間が経つとそれを忘れてしまう子がいます。また、衝動性の強い子ですと、いつもは覚えていても、とっさの時に思い出す暇もなく行動してしまう子もいるでしょう。

このようなこの場合、覚えていないことを怒っても進展は望めません。決まりを意識できるように、記憶だけに頼らない支援を工夫する必要があるでしょう。

4.叱ること自体が子どもに何らかの得を与えていないか

私たちは、叱られることは嫌なことだという前提で子どもを叱りますが、必ずしもそうではないことがあります。叱られること自体が目的になってしまっている場合です。

例えば、「注目」の欲求をもっている子。悪いことをすれば、大人がやってきて叱るということを覚え、わざと叱られるようなことをします。大人が叱れば叱るほど、子どもの行動は強化されていきます。

また、嫌なことから逃げるために悪いことをする子もいます。大人が叱っている間は、結果として、子どもはその嫌な活動をしなくてもすむわけです。この場合も、大人が叱れば叱るほど、子どもの行動は強化されていきます。

時に子どもは、意識的であれ無意識的であれ、このような戦略をとることがあります。大人は、自分の叱る行動が、自分が止めさせたい行動の引き金になっているとはなかなか気がつきにくいものです。「叱られることは嫌なはず」という思い込みは取り除いてみましょう。

 

以上のような「叱る」ことが効果を上げる条件を裏返せば、上手な叱り方というのも見えてきます。

<上手な叱り方のポイント>

  • 注意の内容を、感情的にならず、できるかぎりわかりやすく子どもに伝える。
  • 子どもの行動レパートリーの中から、どうすればいいのかを伝える。なければ練習する。
  • するべきことやしてはいけないことを、記憶に頼らなくても確認できるようにしておく。
  • 叱られること自体が目的となっている場合は、強化しないよう無視し、代替方法を指導する。

これらはもはやそれは「叱る」とは言わないかもしれません。そう、今まで「叱る」ということについて考えてきましたが、基本的には、叱らずに指導できればそれに越したことはないのです。というよりも、叱ることが他の方法よりも効果がある場面は非常に限られており、障がいのある子どもへの指導に関して、叱ることがもつデメリットはとても大きいと言えるのではないでしょうか。

以下に、それを象徴的に表するいくつかのケースを見てみます。

「叱られるぐらいなら…」

何かわからないけど子どもの行動が決まったところで途切れる。例えば、靴を履き替える時に必ずこちらを伺うようにして行動が止まるということはありませんか。私も失敗の経験がありますが、その場面で大きく叱られた経験があると、次回からそこで子どもの行動が止まってしまうということがあります。

子どもの立場で考えて見ましょう。あなたが玄関で靴を履き替えようとした時、誰かがわからない言葉で怒鳴ってきたらどうでしょう。何を言われているのもわからず、結局怖かったということしか記憶に残りません。そして、次からは何かわからないけど、恐る恐る靴を履き替えようとしてしまうでしょう。人によっては、靴の履き代えなんて危険なことは最初からしないという選択をするかもしれませんね。

子どもたちの場合も、こんなことがあるんじゃないでしょうか。叱れば叱るほど、子ども達は自信を失って、恐る恐る生活するようになります。
叱られて怖かったという経験ではなく、上手にできてほめられてうれしかったという経験をたくさん子ども達にさせてあげたいですね。

「俺の言うことなら何でも聞くぜ」

「あの先生の言うことは絶対聞く」ということありませんか。それが子どもに対して伝え方がうまいとかいうのならいいのですが、どうもそうではなく、厳しいから怖がって言うことを聞いているという感じだったとしたら・・・。これは問題ですね。「この人がいればできる」ということは、逆に言うと「この人がいないとできない」ということなのですから。

子どもに厳しくして言うことを聞かせるというやり方は、結局その人がいない所ではその行動が改善されないということが多いようです。それでは意味がありません。その先生が一生その子にいくわけにはいきませんから。

このような方法では、根本的な解決にはなりそうもありません。やはり、誰か特定の人に怯えて行動するのではなく、子どもが自信をもって行動できるような支援を私達は考えていきたいものです。

 

自分自身を振り返ってみても、子どもを無意味に叱ってしまった時は、きちんとした手立て・支援方法を提供できていない時が多いものです。できない責任を子どもの側に置いた時に叱ってしまうのです。手立て・支援方法の選択肢をできる限りたくさん持っていること。それが、不必要な「叱り」を減らすための処方箋かもしれません。

今回の記事はかなり自戒の意味を込めて書きました。私自身、ここに書いたような理想的な対応ができているわけではありません。みなさん、よりよい支援を目指して、お互いがんばりましょう。

2012-03-03

トイザらスで見つけた椅子の脚に付けるカバー。消音効果あり?

近所のトイザらスで発見しました。椅子の脚に付けるカバーです。

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聴覚過敏のある子どもさんのために、椅子の脚にテニスボールをはめてギーギー・ガタガタ音が鳴らないようするという手立てがありますが、テニスボールの加工ってなかなか大変そうですよね。それと同じことが市販品(一脚につき600円)で簡単にできるのではないかと。

まだ試していないので、実際の効果はまだわかりません。

2012-03-01

「正しいこと」は必ずしも「正解」ではない

連携訪問や巡回相談でいろんな先生とお話をしていると、「正しいこと」は必ずしも「正解」ではないんだなとつくづく思います。

例えば、ある子どもの気になる行動で担任の先生が困っていたとします。一般論として「こうすればいい」という「正しいこと」をお伝えしたとしても、それがその先生に受け入れられること・できることでなければ、それは問題を解決する「正解」にはなりません。「正しい」やり方には不十分かもしれないけど、その先生が取り組める支援方法を一緒に検討すること。それがその人(もしくは対象のその子)にとっての「正解」につながるのでしょう。

これには経験が必要ですね。

そういえば、私はプライベートでも妻に「正しいことを言い過ぎる」みたいな感じのことを言われることがあります。これも同じことなのかもしれません。(^^;)